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つむぎの館

Author:つむぎの館
当ページは「つむぎの館」のブログサイトです。
各種イベント情報から、「結城」周辺情報まで幅広くお伝えして参りたいと思っております。

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11/23

醸造業の街・結城

“きもので歩く・結城の街並み再発見”の当日ガイドのため、
伺うお店の創業年など調べていたら、軒並み江戸時代!
ということで改めて驚きました。

武勇の保坂酒造は慶応年間。
秋葉味噌は天保3年(1832年)。
奥順の本家である奥庄は天保2年(1831年)。
お醤油の蔵元小田屋にいたっては寛政元年!(1789年)。

結城は水質が良いと言われ、醸造業が盛んで、明治の初めには
清酒の醸造が町内で8軒、近くの村で2軒、
醤油は町内で6軒、近くの村で3軒もあったそうです。

明治17年には年商5,000円を超えた商人が結城に19人、
当時の水戸・土浦についで石岡と並ぶ県内第3位。
町の中心だった大町(現奥順のあるところ)と
浦町(秋葉味噌・保坂酒造・小田屋のあるところ)に
そのうち13人が住んでいたそうです。

明治初年~40年代にかけては蔵造りが流行して、
いまの結城の景観のもととなる「見世蔵」が多く造られました。
(ちなみに石岡、土浦も歩いているとたくさんの蔵を見かけます)

この商業の発展がゆとりをもたらし、
結城紬の技術の発展にも寄与したとのこと。

こうした経済の発展は鬼怒川水運がもたらしたところが大きく、
当時は鬼怒川の河岸は1日に大小100の船が出入りするという
にぎわいをみせていたそうです。

鬼怒川水運は明治18年に宇都宮線、22年に水戸線が開通すると
衰えをみせ、結城の活況も衰えていくのですが、
それでも現在、浦町は日本を代表する発酵食品
清酒・醤油・味噌(保坂酒造・小田屋・秋葉味噌)の蔵元が
残るという、とても珍しく貴重な場所になっています。

いよいよ街歩きは今週末の実施です。

報告レポートもどうぞお楽しみに!

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